になっている熱海という検事は年こそ若いが頭のいい男で、捜索方針については殆んど警察側に任せ切って、ほかの検事みたいに威張ったり、余計な口出しをしたりしない。その代りに拷問というものを本能的に嫌うたちの男で、就任|匆々《そうそう》某署の刑事の不法取調べを告発したという曰《いわ》く付きの男である。しかもこの点では私も同感で、犯人を拷問するのは自分の職務的手腕を侮辱するものであることを万々心得ている。だからこんな風に苦心をする事になるのである。)
ところで、こんな事を考えてそこいらを見まわしているうちに、私は、今朝《けさ》役所を出てからここへ来る間の二三時間というもの、一服も煙草を吸わなかった事を思い出したので、ポケットから敷島《しきしま》を出して口に啣《くわ》えた。すると今度は燐寸《マッチ》のない事に気が付いたので、ボーイを呼ぶ迄もなく、自分で立ち上って室《へや》の中を探しまわったが、灰落しには吸殻が山のように盛り上ったまま、どの机の上にも置いてあるのに、燐寸《マッチ》は生憎《あいにく》一個《ひとつ》もない。大方|昨夜《ゆうべ》の客人が持って行ったものであろう。
私は大きな声を出してボ
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