間もなく下の方で二三人|哄《どっ》と笑う声がした。
「べらんめえの露助が来やがった」
「時間を間違《まちげ》えやがったな」
「なあに酔っ払ってやがんだ」
「言葉が通じんのか」
「通じ過ぎて困るくれえだ。珈琲だってやがらあ」
「コーヒー事とは夢露《ゆめつゆ》知らずか」
「コニャック持って行きましょか」
とこれは支那人の声らしい。
「おらあ彼奴《あいつ》の名前を知ってる」
と今のボーイの声……。
「ウイスキーってんだろう」
「露探《ろたん》じゃあんめえな」
「なあに。バルチック司令官|寝呆豆腐《ネボケトーフ》とござあい」
「ワッハッハ」
「しっしっ聞えるぞ。ホーラ歩き出した。こっちへ降りて来るんだ」
「……ロシャあよかった」
それっきりしんとしてしまったが、扨《さて》なかなか珈琲を持って来ない。朝っぱらのお客はどこのカフェーでも歓迎されないものである上に、余計な事を云って戯弄《からか》ったものだから、一層|憤《おこ》って手間を喰わしているのであろう。
しかし、これが私の思う壺であった。
私はその間《ま》に椅子から立ち上って、室《へや》の中の白い机掛けを一枚一枚|検《あらた》めて行
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