かった黒|皮革《かわ》の飾紐《リボン》を巻いたのを提げて、左手には水のようなゴム引き羽二重《はぶたえ》の雨外套《レインコート》とキッドの白手袋と、小さな新聞紙包を抱えながら、しなやかな不動の姿勢ともいうべき姿で立っている。
全体の仕立の好みからいうと米国風であるが、着こなしの感じからいえば中欧あたりの貴族の子弟のようにも思われる。伊太利《イタリー》辺の音楽師を見るような気持ちもするが、さてどこの人間かを判定しようとなると、チョット見当が付きにくい。
これが私が驚かされた第二の印象であった。
けれども、それよりももっと大きな眼を※[#「※」は「目+爭」、第3水準1−88−85、17−14]《みは》らせられて、もっと深く感歎させられたのは、その服の仕立のいい事と、その持ち物の一切合財《いっさいがっさい》が、鋏《はさみ》と剃刀《かみそり》の痕《あと》の鮮かな頭髪に到るまで、一つ残らず卸《おろ》し立てである事であった。
恐らく日本中のどこの洋服屋でも、こんなに品よく、ピッタリと仕立上げる事は出来ないであろう。腋《わき》の下の縫い目などに十分のユトリと巧妙味《うまみ》を見せているところだ
前へ
次へ
全471ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング