に古いものを永らく使用している証拠で、その上にもう一つ想像を逞しくすると、この女は二三年前に外国から帰って来たもので、その時は最新流行の身装《みなり》で帰って来たのが、今は何かの理由でタイピストにまで落ちぶれているのではないかとも考えられる。そうすれば人を殺して迄も金を欲しがる理由が判る。
……この女はここでこんな風に跼《しゃが》んで、室の中の様子を覗った。そうして合鍵で扉《ドア》を開いて中に這入って、泥酔して睡っている岩形氏に麻酔か何かを施《ほどこ》してモルフィンの注射をして、自殺か他殺かの判断を迷わせるために色々な小細工をした。その中に何か物音を聞き付けてハッとしながら、慌てて出て来て見ると、あまり時間がかかるので、心配して様子を見に来たらしいボーイが立ち去るのを見た。それを……こっちへ来て御覧なさい。ここで呼び止めて何事か話し合った。この通り女の靴痕が、ボーイの靴痕と向い合って立っている。そうして話を済ましたボーイが安心して階段を降りて行くのを見送ると、女はもう一度引返して来て扉《ドア》の処まで来た。その足跡は前のと入れ違いになっているが今度は爪先ばかりでなく踵の跡もチャンと附
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