銀行の連中の言葉や、ボーイの譫言《うわごと》を事実として綜合すれば絶世の美人で、中肉中背のすらりとした姿であろう。
 ……この日本美人をここから足跡の通りに歩き出さして、昨夜《ゆうべ》した通りの所作を今一度ここで繰返させるとこうなる。……まずボーイに教《おそ》わった通りに階段を昇って、ここに立ち止まって誰も居ない事をたしかめた。その足跡は他のよりも稍《やや》ハッキリしている。それから歩き出して扉《ドア》の処まで来ると、次第に爪先の方に力が入って、遂には爪先だけしか見えないようになっている。これは十四号室の中の様子を覗うために忍び足になったためで、扉《ドア》の処まで来ると腰を屈めて、鍵穴に耳を近づけて中の様子を覗った。把手《とって》の上に軽く残った左手の指紋がそれを証明している。
 ……ここで初めてこの女に着物を着せる事が出来る。服は勿論洋服で、腰をずっと低くしている割に足の踏み拡げ方が狭く、且つ両方とも爪先ばかりで屈んでいるところを見ると、それは二三年前に流行《はや》った裾の開きの極めて狭い袴《スカート》で、足の位置が割合に扉《ドア》から離れているのは、現在大流行をしている固いコツコツ
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