者巡査二名、重傷者四名、軽傷者十二名に及び、外に見物人二三名の重軽傷者あり。曲馬団側の死傷者は判明せざるも死者四名、重傷者六名、軽傷者数名に及びおるものの如し。然れども詳細氏名等はこの稿締切までは判明せず。


     流血惨澹たる帝国ホテル[#大文字、太字]
        丸の内一帯戦場同様の大混乱[#大文字]
     団長B・ストーン氏[#大文字]
     逸早くも行方を晦ます[#大文字]

 前記の如く帝都空前の大椿事は僅か一時間足らずにて落着せるが、未曾有の事変なるを以てその筋の警戒厳重を極め、且つ、連日の好晴と温暖とにて日比谷より銀座へかけて人の出盛りなりしを以て銃声に驚き、集り来れる生命《いのち》がけの野次馬的見物人は、事件落着後も陸続として押しかけ来り、日比谷より数寄屋橋、虎の門、桜田本郷町へかけて黒山の如く、危険を虞《おそ》れて必死的警戒中の警官と随所に衝突して騒ぎ立て、喧囂雑沓《けんごうざっとう》を極めおり。目下尚、交通途絶中なり。一方流血に彩られたる帝国ホテルは弾痕、破壊の跡|瀝然《れきぜん》として蜂の巣の如く、惨澹たる光景を呈しおれるも損害等は目下のところ判明せず。同ホテルを中心とする丸の内一帯は引続き戦場の如き雑沓を極めおり。高星警視総監は事件後直ちに日比谷公園に出張して、避難外人に対し一々失態を謝罪し了解を求めつつあり。尚又、当該曲馬団長バード・ストーン氏は事件前に××大使を訪問後、逸早《いちはや》く行方を晦《くら》ませるが、同じく警視庁飯村刑事課長の一隊は、事件に先立って二台の自動車に分乗し、芝浦方面に出動せる趣なれば、有力なる手がかりを保留しおるべき事推測に難からず。仄聞《そくぶん》するところに依れば団長B・ストーン氏は目下早慶二大学と野球試合のため来朝しおる××軍艦××××号に逃げ込みおる形跡ありとの報あるも、果して事実なるや否や不明なり。


     B・S・団員は某国[#大文字、太字]
     国事探偵の一団?[#大文字、太字]
       狭山前課長の辞職に絡む[#大文字]

 右事件の動機となりおれる曲馬団員一同の取調べの内容は判明せず。高星警視総監、松平男爵、藤波弁護士等も固く口を噤《つぐ》んで語らず。又当該関係国たる××大使も病中にて面会を謝絶しおり探索の途《みち》、全くなき如きも、事件前より該曲馬団に関し、本社の探聞し来《きた》れるところに依れば、今回の事件は前警視庁第一捜査課長狭山九郎太氏の辞職と重大関係あり。すなわち右曲馬団員は某国々事探偵の一団にして、欧米各国及び東洋の暗黒街より招集せし無頼漢を以て組織しあり。今回の如き無智にして、且つ兇猛無鉄砲なる反抗を試みたるは、日本の警察を自国のそれと同視したる結果と見るを得べし。又団長バード・ストーン氏は××資本団の手先となりて各国の反乱革命を助長する暗黒公使の名あり。目下進行中の××協商に対し、何等かの暴力的手段に依り障害を与うる目的を以て、曲馬団を装いて渡来せるものの如く、同曲馬団員にてカルロ・ナイン嬢と共に花形役者たりし伊太利《イタリー》少年、ジョージ・クレイの逃亡直後にこの事変の勃発せるより見れば、同少年もこの事件に関係なきを保し難し。而して前課長狭山九郎太氏は、この曲馬団の渡来以前に逸早くこの曲馬団の内容を看破し、総監室に於て総監と高声に激語し合いたる事実あり。同室内の反響甚しかりしを以て詳細の点は聴取し難かりしも狭山課長が日本の某国に対する軟弱外交を非難罵倒せるに対し、総監が極力これを説服せむと試みたるは事実なり。そして狭山課長はその翌日辞表を提出したるものなるが、その後本紙上に於て屡々《しばしば》報ぜし通り、××協商が行悩みとなり、吾国の国防と外交が極度の孤立|屏息《へいそく》状態に陥りおりたる折柄、突如としてかかる対×国外交の硬化を象徴する事件の勃発を見たるは右××協商の経過が、外電報ずるところの愛蘭《アイルランド》の独立に関する英米関係の悪化に影響せられて好転し、国防基礎を確立したるものと見るべき理由ありと観測せられつつあり。


     狭山氏は今朝より不在[#大文字]
         留守宅には盛装の二婦人[#中文字]

 因《ちな》みに前記の如く、今回の事件に大関係ありと目さるる狭山九郎太氏は今朝来いずれへか外出しおり柏木の自宅には親戚と称する盛装の二婦人が留守居して長閑《のどか》に紅茶を啜りおるのみ。事件の勃発を全然関知しおらざるものの如し。【狭山註――以上号外原文のまま挿入】

 この号外を訳読した女の英語は、恰《あたか》も英国の社交界の婦人のそれの如く流麗で、明晰であった。そうして読み終ると旧《もと》の通りに丁寧に折り畳んで、丸|卓子《テーブル》の真中に置いて、その上から角砂糖入れを重石
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