むべき旨を通じたり。然るに同曲馬団にては、団長不在なりしを以て、代理として露人ハドルスキー氏が、曲馬場内広場に於てこれに応接し、謹んで命令に服従すべき旨を承諾し、取あえず、一座の花形カルロ・ナイン嬢をさし招きて熱海検事に引渡し、次いで団員中の有力者カヌヌ・スタチオ(兄)ヤヌヌ・スタチオ(弟)の二人を呼び出してこの旨を通じ、静粛に命令を遵奉すべき旨を申渡したり。
団員廿余名命令に反抗[#大文字]
美人連を人垣に作り[#大文字、太字]
一斉に裸馬に飛乗り[#大文字、太字]
ピストルを乱射しつつ
有楽町大通りを遁逃す[#中文字]
然るにこの命令を聞くやスタチオ兄弟は怫然《ふつぜん》色を作《な》し、自国語を以て強弁し、極力反抗の気勢を示したるが、結局ハドルスキー氏の諭示《ゆし》に服し、団員一同と共に警視庁に出頭の準備すべき旨を答え、一応楽屋に引き取りたるが、そのままスタチオ兄弟は団員中の男子約二十名を楽屋に招集し、何事かを命ずるや、二十名の各国人は、楽屋大部屋に引籠れる二十余名の美人連を呼び出して、楽屋口に整列せしめ、人垣を作り、背後《うしろ》より拳銃《ピストル》を擬して動かせず。その隙《ひま》に乗じ、厩に繋ぎおきたる馬を引き出し、二十余名一斉に裸馬に飛乗り、包囲せる警官を馬蹄にかけ、拳銃《ピストル》を乱射しつつ有楽町大通りを数寄屋橋に左折し、堀端より帝国ホテル方向に逃走せり。
B・S・団員[#大文字]
機関銃拳銃を猛射[#大文字、太字]
帝国ホテル内二室に立籠り[#大文字]
追跡の騎馬巡査二名を射落す[#大文字]
一方帝国ホテル前には、彼等が演技終了後華々しく町巡《まちまわ》りをなして帝国ホテルに引揚ぐべき花飾《はなかざり》自動車が十数台整列しおりしも、時間尚早のため運転手等は一人も乗車しおらず。逃走せる二十余名はここにて馬を乗放ち、この自動車に分乗し、いずれへか逃走せむとせしが、該自動車は皆|開閉鍵《スイッチ》を持去りあり。且つ騎馬巡査と警官、新聞記者|混爻《こんこう》のオートバイと自動車の一隊が早くも逐い迫り来《きた》れるを見るや彼等二十余名はこれに猛射を浴びせて、二名の騎馬巡査を馬上より射落しつつ、同ホテル内大混乱のうちに、彼等が借切りいる同ホテル東北側の一隅階上二八六、二八二号の二室に逃げ込み、固く扉《ドア》を閉ざし、廊下に面する入口前には携帯機関銃を据え付け、窓を開放して、カーテンの蔭よりピストルを発射し群り寄る警官を寄せ附けず。
双方死傷者数十名[#大文字、太字]
警視総監自身出馬[#大文字]
志免警視とハ氏の殊勲にて落着[#大文字]
宿泊者は日比谷公園に避難[#中文字]
この時自身出馬して現場に駈け付け来《きた》れる高星総監は、部下に命じて帝国ホテル内の宿泊者全部を日比谷公園に避難せしめ、附近一帯の交通を遮断し、二八六、二八二号両室に窓より出ずる者を容赦なく射殺すべきを命じ、一方ハドルスキー氏に依頼してホテル内に入《い》らしめ、彼等を説服せしめんとせしに、彼等は携帯機関銃を連射してハドルスキー氏を廊下に入らしめず、遂に同氏の頭部に負傷せしめたり。ここに於て第一捜査課長志免警視は総監の許可を得、部下数名を率い、同二室の街路に面せるバルコンに登り、窓口より逮捕に向わむとせしに、この状態を察知したる団員の数名は、四個の窓より一斉にピストルを乱射し、警官三名、街路上に残りおりし見物人数名に重軽傷を負わしめたるを以て近寄る能わず。然るにこの時、一時気絶しおりたるハドルスキー氏は、自ら繃帯して街路に出て来りしが、この状勢を見るや、鮮血に染みたるまま続いてバルコンに登り、壁添いに窓に近附きて大声に彼等を説服し初め、彼等のうち二三名が窓より首を出して同氏を狙撃せむとするや、自己の拳銃《ピストル》にて瞬く間に彼等を撃ち竦《すく》め、彼等が窓外に落したる拳銃《ピストル》を拾い取りて単身二八二号室の窓口より躍り入り、窓際に潜みいるヤヌヌ、カヌヌ兄弟を左右に撃ちたおし、デスクを楯に取りて物凄き射撃戦を開始せり。一方志免警視の一隊もこの形勢を見るより一斉に二八六号室の窓口より乱入し、機関銃手二名を射殺し、残余の者を威嚇して手錠を受けしめ、転じて二八二号室の扉《ドア》を背面より破壊し、猛烈に抵抗する二三の支那人を射《うち》たおしたるを以て浴室に逃げ込みたる残余の五六名は再び抵抗せず。一列に手錠を受け警視庁に収容せらるに至りたり。一方死傷者はそれぞれ、丸の内綜合病院、及び帝国ホテル前|槻原《つきはら》整形外科病院に収容したるが、警察側死
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