利加に居るうちからよく知っている。その中《うち》に是非会いたいと云われました」
「……違いますねえ……ジョージは初めからその事をよく知っておりました。貴女《あなた》の叔父様に会いたいために貴女のお友達になったのです。貴女はそのことわかりませぬか」
「妾《わたし》が狭山の姪という事がどうして判りましょう。私が嬢次様にお眼にかかったのは、日本にお着きになってから二日目ではございませぬか」
「……ジョージは狐のような知慧を持っております。ジョージは貴女《あなた》を知っていたに違いありませぬ」
「どちらでも妾《わたし》は構いませぬ」
「……フム……フム……フム……それで……それでジョージに会うのに、それから貴女《あなた》はどうして会いましたか」
「ハイ。嬢次様はいつもお手紙で時間と、場所を知らせて下さいましたが、大方朝の間が多うございました」
「貴女《あなた》のお住居《すまい》は……」
「申し上げられませぬ」
「何故、叔父様と一緒に居ないのですか」
「日本の習慣に背くからでございます」
「……フム……フム……」
 とストーン氏は、いくらか云い籠められた形になって躊躇した。しかし儼然《げんぜん》たる態度は依然として崩さないまま、ジョージの手紙を拡げて女の顔と見較べた。
「……よろしい……それで……この手紙に書いてある事いろいろあります。午後三時までに曲馬を見に来ていて下さい。ジョージ・クレイを虐《いじ》めた曲馬団に仇討ちをする仕事を手伝って下さい。そのテハ……手始めに、私の大切なものを入れた黒い鞄《かばん》が曲馬場の中に隠してあるのを取り返して、二人でどこかへ隠れるつもりですから、その用意をして来て下さい。……このこと……私たちの手始めの仕事が都合よく済んだら、叔父様にお話しして、二人の事をお許し願うつもりだから、それまでは叔父様に知らせてはいけませぬ……私たちの仕事がうまく行かないか、又は、叔父様や警察に睨まれて、私たちの仕事を邪魔されるような心配が出来たら、私たち二人で、今夜のうちにも死ななければならぬと思います。その用意もして来て下さい……その外にも、また色々沢山書いてあります。……それで貴女《あなた》は今日のジョージの仕事皆手伝いましたか」
「……いいえ……別に手伝うという程でも御座いませんけど……そのお手紙が私の処に参りましたのは今日のお正午《ひる》過ぎ二時近くでございました。ちょうど叔父の狭山から留守を頼んで来た手紙と一緒に参りましたから、私は狭山の頼みの方をやめまして、三越に参りまして、四五日前に頼んでおきましたこの着物と着換えまして、曲馬場に参りました。ちょうどコサック馬の演技の最中でございました」
「それでは今日ジョージが、私たちの大切な馬に、毒を飲ませたこと……暴れ出させたこと……貴女《あなた》は知りませんね」
「存じております。妾《わたし》は最初からそれを見ておりました」
「えッ。見ておりました?」
「嬢次様は私と一緒に見物に来ておられたのでございます」
 ストーン氏は自分の耳を疑うように眼を丸くした。
「……どこに……どんな着物……」
「……大学の制服を召して、小さな鬚《ひげ》を生やして、角帽を冠って、私が居りました席の直ぐ前隣りに坐って、そこに居た老人の紳士と馬の話をしておられました。そうして米国の国歌が済むと立ち上って表に出られましたから、私もあとから立って追い付きますと、嬢次様はグルリと曲馬場を廻って、厩《うまや》の処へ行って、亜鉛《トタン》の壁を飛び越して中に這入って、馬の顔を撫でながら錠剤にした薬をお遣りになりました。そうして今から二十分ばかりすると馬が暴れ出すから、それまで楽屋の入口に近い土間に行って見ていようと仰有《おっしゃ》って、もう一度二人分のお金を払って曲馬場に這入られました。その時が三時十分きっかりでございました」
「貴女はそれが人を殺すためであった事を知っておりましたか」
「いいえ。嬢次様は御自分を殺しても、決して人を殺さないと云われました」
「その証拠がありません」
「ございます。立派にございます。その証拠には、大馬と小犬のお芝居が済みます少し前になりますと、嬢次様は心配そうな顔をなすって、妾《わたし》にちょっと待っているように仰有って出て行かれましたが間もなく帰って来られまして……これで安心だ。この次の馬の舞踏に使う女の衣裳や靴を、楽屋のうしろから這入って、ちょっと人に解らぬ処に隠しておいたから、それを探しているうちには時が経ってしまうだろう……しかし何故こんなに早く演技を済ましたのだろう。自分が居ない事は最早《もはや》わかっている筈だから、その埋め合わせに二十分で済む芸当は三十分にも五十分にも延ばす筈だのに、この塩梅《あんばい》では大馬と小犬の芝居は二十分かからないかも知れない……と
前へ 次へ
全118ページ中93ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング