いつも羅馬《ローマ》字で手紙を書きましたか」
女は黙って首肯《うなず》いた。
「……それから……今日……貴方はこの手紙で……ジョージ・クレイが命令した通りにしましたか」
「ハイ」
女の返事は今度はハッキリしていた。そうして静かに顔を上げてストーン氏の顔を正視した。
その顔は、電燈の逆光線を受けて、髪毛や着物と一続きの影絵になっていて、恰《あたか》も大きな紫色の花が、屹《きっ》と空を仰いでいるように見える。それを見下ろしたストーン氏は決然とした態度で、肩を一つ大きく揺すった。そうして鉈《なた》で打《ぶ》ち斬るようにきっぱりと云った。
「……よろしい……私は帰りませぬ。貴女《あなた》にお尋ねをしなければなりませぬ。貴女はジョージと一緒になって、私に大変悪い事をしました。……さ……お掛けなさい」
女は最初《はじめ》から覚悟していたらしく、静かに元の肘掛椅子に腰を下して、矢張り石のように冷やかな姿でうなだれた。
ストーン氏も椅子を引き寄せて、女と差向いに腰をかけたが、手紙を丸|卓子《テーブル》の上に置いて、左手でしっかりと押えて、屹と女を見詰めた態度は、依然として罪人に対する法官の威厳をそのままであった。一句一句吐き出すその言葉にも、五|分《ぶ》の隙もない緊張味と、金鉄動かすべからざる威厳とが含まれていた。
「貴女《あなた》のお名前は何と云いますか」
女はうなだれたまま答えなかった。しかしストーン氏は構わずに続けた。
「貴女《あなた》のお名前は何と云いますか」
女はやっと答えた。
「それは申上げられませぬ。嬢次様のお許可《ゆるし》を受けませねば……」
ストーン氏は苦々しい顔をした。
「それは何故ですか」
「何故でもでございます。二人の間の秘密でございますから」
軽い冷笑がストーン氏の唇を歪めた。
「……年はいくつですか」
「……十九でございます」
「ジョージよりも多いですね」
「どうだか存じませぬ」
ストーン氏の唇から冷笑がスット消えた。同時に眼からちょっと稲光りがさした。余りにフテブテしい女の態度に立腹したものらしい。
「学校を卒業されましたか」
「一昨年女学校を卒業しました」
「学校の名前は……」
「それも申上げられませぬ。妾《わたし》の秘密に仕度《しと》うございます。校長さんに済みませぬから……」
「叔父さんに怖いのでしょう」
「怖くはありませぬ。もう存じておる筈ですから……でなくとも、もう直《じ》きに解りますから……」
「叱られるでしょう」
「叱りませぬ。泣いてくれますでしょう」
「何故ですか」
「あとからお話し致します」
「……フム……それでは……学校を卒業してから何をしておられましたか」
「絵と音楽のお稽古をしておりました」
ストーン氏は背後《うしろ》の絵を振りかえった。
「……S・AOYAMA……この絵は貴女《あなた》の絵ですか」
「……いいえ……わたくしの先生……」
と云いさしてハッとハンカチで口を蔽うた。ストーン氏はニヤリとしながら頤《あご》で首肯《うなず》いた。
「……フム……それで……貴女《あなた》はいつ、初めてジョージ・クレイに会いましたか」
「今から一週間前の朝でございました」
「どこで……どうして友達になりましたか」
「それも申上げる訳に参りませぬ」
ストーン氏は又も不愉快な顔をした。又か……という風に……。
「フム……それではその時にジョージは一人でしたか」
「ハイ……ですけどもその時にジョージ様は云われました。私は曲馬団の中で一人の露西亜《ロシア》人と、伊太利《イタリー》人の兄弟との三人に疑われているから、あまり長く会ってはいられない……」
「フム……貴女《あなた》はジョージを見たのはその時に初めてでしたか」
「ハイ、いいえ。新聞の広告や何かで、お名前だけは、よく存じておりましたけど……」
「……それでは貴女《あなた》が初めて会った時にジョージの名前を聞いたのですね」
「……………」
女は返事しなかった。ただ頭を左右に振っただけであった。[#底本では句点なし]
「フーム……それでは……貴女《あなた》は名前を知らないでジョージと会ったのですね」
「……………」
女は微かにうなずいた。
「そうして仲よくなったのですね」
「……………」
「わかりました。そうして初めて会ってからどこへ行きましたか」
「それも申上げる訳に参りませぬ」
「それから後《のち》会った処も……」
「ハイ……」
「……フム……それでは後から尋ねます。……それからジョージは貴女《あなた》の叔父様……ミスタ・サヤマの事知っておりましたか」
「初めは御存じなかったようです。ですけど私が叔父の名前を申しましたら吃驚《びっくり》なさいました」
「その時ジョージは何と云いました」
「嬢次様は大層喜んで、狭山の名前は亜米
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