Cの中の美人の一団は、二年|前《ぜん》から私一人を目標にして、人の意表に出る素晴しい方法で私を片付けるべく、念入りな計画を立てて来たのだ。そうして二年後の今日に至って、得体のわからない美少年と遺書を私の許に送って、頭の古い私を月並な日本魂《やまとだましい》と、義理人情で責め立てて、木ッ葉微塵に飜弄しつつ、ぐんぐんと死の陥穽《かんせい》の方へ引きずり込みつつあるのだ。
外面《げめん》如菩薩《にょぼさつ》、内心《ないしん》如夜叉《にょやしゃ》とは彼女等三人の事でなければならぬ。そうしてこの恐ろしい形容詞が、女に限られたものでなければ、彼《か》の呉井嬢次と称する怪少年も、その仲間に数え入れなければならぬ。否……彼《か》の美少年ジョージ・クレイこそ、彼女等三人以上におそろしい夜叉美人でなければならぬ。あの大胆な落ち着きぶりと、あの名優以上ともいうべき巧妙な表情によって、J・I・Cから選抜されて、私を一杯喰わせに来た「死の使者《つかい》」でなければならぬ。
私は少年の美貌と、その才智と、名優ぶりに、文字通りに一杯喰わされた。まんまと首尾よく彼等の陥穽に落ち込んで行った。
そこでもう大丈夫と見て取った彼等は互いにハンカチを振り合って成功を祝した。……もしくは準備が整った事を知らせ合ったものに違いないのである。変装を凝らしている私を前後から挟んで……ここにその馬鹿が坐っているとばかりに……。
さもなければ私の「第六感」が、あの四皿の料理を、私の眼の前に並べて見せる筈がない。私が死と直面している事を暗示する筈がない。
何という戦慄すべき真相であろう。
何という想像を超越した計画であろう。
残るところはこの計画を立てたものが、ハドルスキーか、バード・ストーンか、ジョージ・クレイか……それとも二年前から日本内地に生き残っていたかも知れない、志村のぶ子か、樫尾初蔵か……という疑問である。その上にもう一つ慾を云えば、カルロ・ナイン嬢と、女優髷の女とが、呉井嬢次とどんな関係になっているか……という疑問も、頭の中に閃めかさない訳には行かない。
しかし、今の場合の私としては、そんな問題は末の末である。何でもかんでもあの女優髷の女を引っ捕えさえすればいいのだ。そうしてすこし違法ではあるが、無理にも志免課長の手に引渡して、有無を云わさず叩き上げさえすれば、一切の真相が判明する筈である。しかもその女はたしかに今私の留守宅に忍び込んで、容易ならぬ仕事をたくらんでいるに違いない事を私の第六感が指し示しているではないか。
畜生……どうするか見ろ……。外道《げどう》……悪魔……売国奴の群れ……。
こう思いながら私は自動車に飛び乗ったのであった。
見す見す彼等の手に乗って、死の運命に引きずり込まれて行くのを自覚しながら……。もう欺されぬぞ。貴様等は俺を見損っているぞ……という自信を固めながら……。
そんな事を考えながら、新しい、気持ちのいいクッションに身を埋めて、汗ばんだ額を拭こうとすると、その拍子にポケットの中から紫のハンカチと、中に包まった古新聞紙を引きずり出してしまった。それは最前私が結び目を解いたままポケットに押し込んでいたので、ポケットから出すと同時にバラバラになって、フロアの上に落ちて行った。それを慌てて拾い上げようとすると、新聞紙の間から白いカード見たようなものが飛び出しているようである。……おや。何だろう……と思って取り上げて見ると、それは五枚の絵葉書であった。私はすぐに運転手に呼びかけて車内照明《ルーム》を点《つ》けさせた。
その絵葉書は五枚とも舶来の光沢写真で、材料といい、技術といい、大正十年前後の日本では容易に見られない見事なものであった。写真は五枚とも同じもので真中には風采の堂々とした純ヤンキーらしい鬚のない男が、フロックコートを着て、胸に一輪の薔薇《ばら》の花を挿して、両手を背後《うしろ》に組んだまま莞爾《にこ》やかに立っている。その左側にスカートの短い、白い乗馬服を着て白い帽子を冠《かぶ》って、短い鞭を持って立っているのは最前のカルロ・ナイン嬢で、これもこっちを覗き込むようにして無邪気な微笑を含んでいる。又右手には嬢次少年が、真面目な顔をしてじっと正面を見ながら立っているが、服装はモーニング式の乗馬服で、右手《めて》に山高帽を持ち左手《ゆんで》に手袋と鞭を握り締めている。
三人の背後《うしろ》には一羽の大きな禿鷹が羽根を拡げた図案を刺繍《ししゅう》した幕が垂らしてあって、その上にB・S・A・Gという四個の花文字がこれも金糸か何かの刺繍になっているが、この幕は最前曲馬場の穹窿《きゅうりゅう》から垂らしてあった大旗と同じ図案であろう。三人の足の下に書いてある名前を見ると、真中のはバード・ストーンとある。なる程団長だけあっ
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