を守りまして花栽培に熱中しましたが、その中《うち》に偶然、カーネーションの肥料にアマニンの実が適当している事を発見し、大輪の花を咲かせる事に成功しましてから、一躍花成金となり、巨大なる温室十数棟を所有するに至り、居住しておりましたロ市でも屈指の成功者として衆人の尊敬を受ける身の上と相成りました。
 愛児嬢次が生れましたのも実にこの時でありましたので(嬢次という名前は一見奇妙に感ぜられるかも知れませぬが変名ではございませぬ。これは同人が生れますと間もなく非常に虚弱な体質に見えて来ましたので、異性に形どった名前を附けると丈夫に育つという日本在来の迷信から、妻が小生と相談の上ジョージというクリスチャンネームを象《かたど》って附けたものであります。又、嬢次の母方の里は久礼《くれ》姓でございますが、万一貴下が同人をお探し下さる場合にはそんな名前を用いているかも知れませぬから御参考迄に申添えておきます)その頃の私達一家は、実に幸福そのものの象徴でありました。
 しかし、世間にありふれた、平凡な実例ではありますが小生を今日のような不幸のドン底に陥れたものは他でもありませぬ。この時の身分不相応な幸福そのものだったのであります。すなわち小生は自分の成功に気が緩むと共に、又も、生れ付きの飲酒癖に囚われるようになりまして、明け暮れロ市内の酒場に流連《いつづけ》し、家事は悉《ことごと》く妻に一任して顧みないようになりました。

 然るにこの頃、ロ市附近に一つの秘密結社が発達しかけておりました。この結社は初め、日本、印度《インド》、支那三国の無頼漢によって組織されておりましたので、その三国の英語の頭字を取ってJ・I・C団と名付け、主として西部亜米利加、及《および》、メキシコ境へかけた民家や、旅行者を荒す強窃盗やインチキ賭博を仕事にしておりましたが、その後次第に西北海岸の都会地に近づいて富豪や銀行を脅やかし、又は各方面の依頼に応じて暗殺を引受くる拳銃業者《ガンマン》の集団となり、英、米、伊、露、等の各国の無頼漢が参加するに及んで、遂に大仕掛の政治的|金儲《かねもうけ》手段を引受くる大団体と化し、一時|桑港《サンフランシスコ》に移しておりました本部を更に東、紐育《ニューヨーク》に移し、名士、富豪の暗殺、同盟罷工《どうめいひこう》の煽動等はもとより、各国に潜入して、悪思想の宣伝、革命等のあらゆる政治的の陰険手段を請負うに足る、恐るべき組織を完備するに至りました。
 この団体の首領は名をウルスター・ゴンクールと申しまして、小生と同年同月生れで、西班牙《スペイン》人の父と、猶太《ユダヤ》人の母との間に生れた混血児だと申しますが、一見したところでは純然たるヤンキーとしか思われませぬ。出身は墨西哥《メキシコ》境のアリゾナ州で、志を立てて英国の剣橋《ケンブリッジ》大学に遊び、法律を研究して帰ってから、西部亜米利加を放浪しておりますうちに、このJ・I・C結社に加盟したものでありますが、今から八年前に、同人がまだ、J・I・Cの一方の頭目として腕を揮っております時分に、ローサンゼルスの或る舞踏場で、偶然に小生と落ち合ったものであります。
 その頃彼は綽名《あだな》を禿鷲《コンドル》と呼ばれて、ロ市の盛り場一帯に鬱然たる勢力を張っておりましたが小生は同人と交際を結ぶや、その風采と、胆力と、学識と、弁舌とが如何にも堂々としているのに感心しまして、忽ち親友以上に仲よく相成り、吾が家に伴って妻の手料理で御馳走をした事が幾度もあります。ゴンクールのコンドルが、妻のノブ子に懸想《けそう》しましたのは確かにこの時に相違ありませんので、この時以来、今日に至るまで引き続いて参りました小生一家の不幸は、大部分コンドルの仕業《しわざ》と申しても差支えないのであります。
 コンドルは先ず小生と妻とを引き離すべく小生を誘って、J・I・C結社の団員に引き入れましたが、永らく日本を離れておりまして、一種の亜米利加式、無国民性者《コスモポリタン》化しておりし上に、無学で、無智でありました小生は、コンドルの云う通りにこの秘密結社の仕事を、最も男性的な、堂々たるものと信じておりました。すなわちこの結社は米国政府、暗黒局《ブラック・チェンバー》の直轄に属するもので、虚無党、社会党、無政府党以上に強大な勢力を有し(以上は或る程度迄事実)全世界に亘って弱きを扶《たす》け、強きを挫《くじ》く大侠客的の事業を行う理想的の直接行動機関(これは全然欺瞞)と信じまして、コンドルが指導するままに、持っているだけの毒薬の知識を事業遂行のために提供し、又は不良少年時代の記憶を再現さして、或は富豪を脅かし、又は名士を殺したり致しました。現在小生のポケットに納めております五連発の拳銃《ピストル》は、その時の形見でありまして、既に六人の
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