たもんですから、何かしら父の死状《しにかた》には秘密があるのじゃないかしらんと思ってそうしてみたんです。窓を開け放しにしておいて、寝台の上に南を枕に西向きに寝て、眼を一ぱいに開いて窓の外を見たのです。……そうしたら……」
「そうしたら……」
「そうしたら、どうやら訳がわかって来たような気がしたんです」
「……どんな訳……」
「あの窓から普通《あたりまえ》の姿勢で眺めますと、宮城と海上ビルデングと、今、バード・ストーン一座が興行をしている草ッ原が見えます」
「……見える……」
「……けれども父が死んだ時の通りにして見ますと、そんなものが窓の下に隠れて、一つも見えなくなります。ただ青い空と、それから駅の前の広ッ場《ぱ》の真中にたった一本突立っている高い高い木の梢がほんのちょっぴり見えるだけなんです。何の樹かわかりませんけども……」
「……………」
「その時に僕は思い出したんです。この新聞記事によりますと、父は自分で襯衣《シャツ》を切り破って、毒薬を注射して、あとから外套を着て靴を穿《は》いて寝たに違いないのですが、その両方の掌《てのひら》と、外套の袖口と、靴と膝の処が泥だらけになっていたと書いてあるでしょう」
「……それは……酔っ払って……転んだものと……」
「……ですけども……僕はそうじゃないかも知れないと思ったんです。……ですからその晩になって夜が更けてから、こっそりと帝国ホテルを脱け出して、あの木の下に来てみたら、大きな四角い石ころが一個《ひとつ》、拡がった根っ子の間に転がっておりました。僕がやっと抱え除《の》けた位の大きさですが、まだあそこに転がっております。その石の下を覗いてみたらすぐに見つかりました。土の中から、こんなものが一|寸《すん》ほど頭を出しておりました。大方雨に洗い出されたのだろうと思いますが……」
 私はもう口を利く事が出来なかった。黙って椅子から立ち上って、少年が差し出した長さ三寸程の鉛の管《くだ》を受取った。それは両端を打ち潰して封じてある一方をこじ明けたもので、中からは白い紙の端が覗いている。引き出して見ると、それは二枚の名刺で、その中の一枚は、

   弁護士 藤波堅策[#中文字]
    東京市麹町区内幸町一丁目二番地[#小文字]
            電話 二二七三[#小文字]

 という一流弁護士のもので、もう一枚はペン字で書き込みをした故志村浩太郎氏の名刺であった。

   藤波堅策兄[#中文字]
      志村浩太郎印[#「印」は○付き文字][#中文字]
    この名刺持参人に御保管の書類を
    お渡し被下度候《くだされたくそうろう》

「この名刺を探し出すまでは何でもなかったんです。……ですけども誰にも気付かれないようにこの名刺を持って藤波さんの処へ行くのがとても大変でした。それは日本に着いてから、私のそぶりが何だか落ち着かないのを怪しまれたのでしょう。団長と、その部下の二三人がそれとなく私を警戒し初めましたので困ってしまいましたが、そのうちにやっと昨日《きのう》の夕方、隙《すき》を見付けて藤波さんの処へ行ってこの名刺をお眼にかけますと、藤波さんは私を一目見るなりびっくりなすって、これは驚いた。ノブ子さんの若い時にそっくりだ。どうして来たと云われましたので、私もびっくりしてしまいました。それから生れて初めて日本のお座敷に坐りまして御親切な奥様や大勢のお嬢様たちと一緒にお寿司を御馳走になりながら、色々と藤波さんのお話を聞きましたが、私の両親は亜米利加《アメリカ》に居るうちに、ローサンゼルスで、雑貨店を開きながら法律を勉強しておられた藤波さんと非常に御懇意に願っていたのだそうです。……ですから父は藤波さんに一万円のお金を預けまして、亜米利加の友人たちに私の行方を探してくれるように頼んでおりましたので、まだほかに二万円のお金を預けたままにしている。それは父の預けた書類の中《うち》に書いてある人に渡してくれと固く約束してあったのですが、それから後《のち》、志村君からはばったり便りがなくなったし、預かった書類を取りに来る人もないので変に思って、鎌倉の材木座の住所を探してみたら、そんな人間は最初から居なかった事が判明《わか》ったので、困っている……との事でした。そのお話を聞きますと、藤波さんは父が死んだ事や母の行方なぞはちっとも御存じない様子でしたので、私から詳しくお話しましたら、奥様やお嬢様たちは皆泣いて同情して下さいました。それから藤波さんは書類を見るのならば家《うち》で見てもいいぞと云われましたが、私はちょっと考えまして、いずれもう一度伺いたいと思いますからと云って、書類だけ頂いて帰って来ました」
 そう云ううちに少年は、傍《かたわら》の椅子の上に置いた雨外套の内ポケットの釦《ボタン
前へ 次へ
全118ページ中49ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング