降りて、玄関から外へ飛び出した。
トタンに非常な大音響が、私を追い散らすかのように、九大構内の松原に轟き渡った。
それは午砲《ドン》であった。
それは一つの奇蹟であったとしか思えない……或る目に見えぬ偉大な力が、空中から手を差し伸ばして、私を自由自在に引きずり廻していたとしか思えない。それほどに、不思議な出来事であった。
私は九大医学部の正門を飛び出して後《のち》、どこをどう歩き廻ったかまるっきり記憶しない。そうして何を目標にして、又もとの九大精神病科の教授室に帰って来たものか全くわからない。
……背後から絶叫して来る自動車の警笛を聞いた。眼の前に急停車する電車の唸りに脅かされた。自転車のベルに追い散らされた。叱咤《しった》する人の声や吠えつく犬の声をきいた。グルグル廻る太陽と、前後左右に吹きめぐる風と、戦争のように追いつ追われつする砂ほこりを見た。雲の中からブラ下っている電柱を見た。軒の下まで鮮血を滴《したた》らしている絵看板を見た。地平線の向うが透明な山に続く広い広い平野を眺めた。何千、何万、何億あるか判らぬ夥《おびただ》しい赤煉瓦の堆積の中へ迷い込んだ。その紫色の陰影
前へ
次へ
全939ページ中896ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング