に私の背後から迫りつつある事がヒシヒシと全神経に感じられる。
……あの蒼白い、大きな、毛ムクジャラな手に掴まれる位なら、私は正木博士に反抗するのじゃなかった。私は何故かわからぬけれども、若林博士よりも正木博士の方が好きだ。二人とも私を餌食にしようとしている学界の毒蜘蛛であるにしても、私は正木博士の方が何となく懐かしくて親しみ易い気がする。今でも正木博士が引返して来て唯一言……
「吾輩が悪かった……」
と云ってくれさえすれば、私は一も二もなく喜んで、何もかも忘れて正木博士の奴隷になるかも知れぬ。若林博士の卑怯さを発《あば》いて、正木博士に同情した記録を発表するかも知れぬ。……若林博士のあの蒼白い手で、私の心臓を握られたくないために……。
しかし……四囲《あたり》はシンとしている。正木博士が引返して来るような音も聞えぬ。……運命を待つよりほかはない。その運命と闘う力をなくしたまま……。
ああ……どうしよう……。
私の呼吸が又一しきり胸を圧迫して来た。
そうして、やがて又、ふるえ、わななきつつ、力無く静まって来た。……身体《からだ》中が空虚になったような……耳の穴の奥だけがシイ―
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