の首をさし伸べて恐る恐る正木博士の顔を覗き込んだ。
「……ヘヘ……ヘイヘイ。ちっと遅うなりまして……ヘイ……。昨晩《ゆうべ》からほかの小使がみんな休みまして、今朝から私一人で[#「今朝から私一人で」に傍点]御座いますもんじゃけん。ヘイ。まことに……」
 老小使の言葉がまだ終らないうちに、正木博士は最後の努力かと思われる弱々しい力で、椅子からヒョロヒョロと立ち上った。死人のように力無い表情で私を振り返って、何か云いたそうに唇を引き釣らせつつ、微《かす》かに頭を左右に振ったようであったが、忽《たちま》ち涙をハラハラと両頬に流すと、私に目礼をするように眼を伏せて、又も頭をグッタリとうなだれた。そうして小使が明け放しておいた扉《ドア》の縁に捉まりながらフラフラと室を出て行ったが、今にも倒れそうによろめきつつ、入口の柱に手をかけて、ようやっと、廊下の板張りの上に立ち止まった。するとその後から追いかけるようにギイギイと閉まって行った扉《ドア》が、忽ちバラバラに壊れたかと思うほど烈しい音を立てると、室中の硝子《ガラス》窓が向うの隅まで一斉に共鳴して、ドット大笑いをするかのように震動し、鳴動し、戦慄し
前へ 次へ
全939ページ中871ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング