「……ソ……ソ……そんな訳じゃない……実はお前は……君は呉一郎の……呉一郎が……」
 こう云ううちに正木博士の態度が、シドロモドロに崩れて来た。天地が引っくり返っても平気の平左《へいざ》と思われたその大胆不敵な、浅黒い顔色が、みるみる真赤になり、又たちまち真青に変化した。中腰になって両手を伸ばしつつ、私の言葉を遮《さえざ》り止めようとして狼狽《ろうばい》している態度が、新しく新しく湧き出る私の涙越《なみだごし》にユラユラと揺らめき泳いだ。しかし私は皆まで聞かなかった。
「嫌です嫌です。僕が呉一郎の何に当ろうが……どんな身の上だろうが同じ事です。誰が聞いたって罪悪は罪悪です」
「……………」
「先生方は、そんな学術研究でも何でも好き勝手な真似をして、御随意に死んだり生きたりなすったらいいでしょう……しかし先生方が、その学術研究のオモチャにしておしまいになった呉家の人達はドウなるのですか……呉家の人達は先生方に対して何一つわるい事をしなかったじゃありませんか。そればかりじゃありません。先生方を信じて、尊敬して、慕ったり、便《たよ》り縋《すが》ったりしているうちに、その先生方に欺瞞《だま》さ
前へ 次へ
全939ページ中865ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング