じゃないか」
 こうした正木博士の、不可抗的な弾力を含んだ声が、私の頭の上から落ちかかって来た。……が、直ぐに調子を変えて、諭《さと》すような口ぶりになった。
「そんな気の弱い事でどうする。他人の生涯の浮沈に関する重大な秘密を、一旦、聞くと約束して話させておきながら、途中で理由もなしに、モウいいという奴があるか。実際にこの事件と闘っている俺の立場にもなって見ろ……あらゆる不利な立場を切抜けて来た、俺の苦しみを察してみろ……まだまだ恐ろしい事が出て来るんだぞ……これから……」
「……………」
「……いいか……T子もこの事件の第一条件の存在を或る程度までは察していたに違いないのだ。その子のIに『お前が大学校を卒業する迄、私が無事でいたら、何もかも話して上げる』と云ったのは、T子が吾子《わがこ》可愛さの余りに、色々と考えまわした揚句《あげく》に、とうとうそこまで気をまわしていた何よりの証拠だ。つまるところその間《かん》のT子の生活というのは全くの生命《いのち》がけであったに違いないので、一方にはこの呪いから極力Iを遠ざけて、I自身がこの呪いの正体を理解し、且つ警戒し得る頭が出来るまで、何事も
前へ 次へ
全939ページ中845ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング