マと首尾よく乗り移れたらお手拍子喝采どころじゃない。吾輩の精神科学の研究は全部遣り直しだよ。魂が『乗り移る』とか『取り憑《つ》く』とか『生れ変る』とかいう事実は、その本人の『心理遺伝』の作用以外の何ものでもないというのが、吾輩の学説の中でも、最重要な一箇条になっているんだからね。……フン……」
「それは解っています。しかし仮令《たとい》、先生の方で犯人に用がなくとも、若林先生の方では用があるでしょう。若林先生が、貴方にこの調査書類を引渡されたのは、その最後の一点を、呉一郎の過去の記憶の中から取出して頂きたいばっかりが目的じゃなかったですか」
「それはそうだ。百も承知だ。今朝《けさ》から吾輩と若林が、君をこの部屋に引張り込んで、色々と試みた実験も、帰するところ、同じ目的一つのために外《ほか》ならなかったんだが……しかし吾輩は最早《もう》、これ以上にこの事件の真相を突込んで行きたくないのだ。その理由は、犯人の名前が判明《わか》ると同時にわかるんだがね」
 正木博士は又も長々と煙を吹き上げて空嘯《そらうそぶ》いた。私はその顎を睨みつつ腕を組んだ。
「それじゃ、僕が勝手にこの犯人を探し出すのは
前へ 次へ
全939ページ中786ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング