の一隅には小さな短冊型の金紙が貼りつけてあるが、何も書いた痕《あと》はない。
「それが問題の縫《ぬ》い潰《つぶ》しという刺繍なんだよ。呉一郎の母の千世子は、それを手本にして勉強したに違いないのだ」
 と正木博士は投げ遣るように説明しつつ、クルリと横を向いて葉巻を吹かし初めた。しかし私も丁度そんなような聯想を頭に浮かめていたところだったので、格別驚きもせずにうなずいた。
 象牙の篦《へら》を結び付けた暗褐色の紐を解いて巻物をすこしばかり開くと、紫黒色の紙に金絵具《きんえのぐ》で、右上から左下へ波紋を作って流れて行く水が描いてあるが、非常に優雅な筆致《ふでつき》に見えた。私はその青暗い平面に浮き出している夢のような、又は細い煙のような柔らかい金線の美しい渦巻きに魅せられながら、何の気もなくズルズルと右から左へ巻物を拡げて行ったのであったが……やがて眼の前に白い紙が五寸ばかりズイとあらわれると、私は思わず……
「……アッ……」
 と叫びかけた。けれどもその声は、まだ声にならない次の瞬間に咽喉《のど》の奥へ引返してしまった。……巻物を両手に引き拡げたまま動けなくなってしまった。息苦しい程胸の動
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