……私はホーッと深いため息を一つした。それと一緒に全身の意識が次第次第に私のまわりに立ち帰って来た。心臓と肺臓の波動が静まり初めた。やがてドタリと椅子の上に腰をかけるトタンに、両方の腋の下からタラタラと冷汗が滴《した》たった。
 すると、それと同時に私の鼻の先で、澄まし返った顔をしていた正木博士はプーッと一服、紫の煙を吹き出した。
「どうだい。自分の過去を思い出したかい」
 私は無言のまま頭を左右に振った。そうしてポケットから新しいハンカチを引き出して顔の汗を拭いているうちに、よほど気が落ち付いて来たように思った。……しかし、それにしても訳のわからない事があんまり多過ぎるようで、身動きするのさえ恐ろしくなりつつ、椅子の中へヒッソリと居《い》ずくまった。……と……間もなく正木博士が大きな咳払いを一つしたので私は又ビックリして飛び上りそうになった。
「……エヘン……思い出さなければモウ一度云って聞かせるが、いいかい……気を落ち付けてよく聞きたまえよ。君は現在、一つのトリックに引っかけられているのだよ。つまり……吾輩の同輩若林鏡太郎博士は、君自身を呉一郎と認めさせて、充分に間違いのない事を確
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