線が、三方の窓から洪水のように流れ込んで、数行に並んだ標本棚の硝子《ガラス》や、塗料のニスや、リノリウムの床に眩《まぶ》しく反射しつつ静まり返っている。
 ……チチチチチチチ……クリクリクリクリクリクリ……チチ……
 という小鳥の群が、松の間を渡る声が聞えるばかり……。
 ……おかしいな……と思って、読んでしまった遺言書をパタリと伏せながら、自分の眼の前を見るともなしに見ると……ギョッとして立ち上りそうになった。
 私のツイ鼻の先に奇妙な人間が居る……最前から、若林博士が腰かけているものとばかり思い込んでいた、大|卓子《テーブル》の向うの肘掛廻転椅子の上に、若林博士の姿は影も形もなく消え失せてしまって、その代りに、白い診察服を着た、小さな骸骨じみた男が、私と向い合いになって、チョコナンと座っている。
 それは頭をクルクル坊主に刈った……眉毛をツルツルに剃り落した……全体に赤黒く日に焦《や》けた五十恰好の紳士であるが、本当はモット若いようにも思える……高い鼻の上に大きな縁無しの鼻眼鏡をかけて……大きなへの字型の唇に、火を点《つ》けたばかりの葉巻をギュッと啣《くわ》え込んで、両腕を高々と胸
前へ 次へ
全939ページ中630ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング