《ちまた》に年経て住める茶舗|美登利屋《みどりや》といふがあり。毎年宇治の銘《めい》を選んで雲上《うんじょう》に献《たてまつ》り、「玉露」と名付けて芳《ほう》を全国に伝ふ。当主を坪右衛門《つぼえもん》と云ひ一男三女を持つ。男《なん》を坪太郎《つぼたろう》と名づけ、鍾愛《しょうあい》此上無かりしが、此|男子《なんし》、生得|商売《あきない》の道を好まず、稚《いとけな》き時より宇治|黄檗《おうばく》の道人、隠元《いんげん》禅師に参じて学才人に超えたり。かたはら柳生の剣法に達し、又画流を土佐派に酌《く》み、俳体を蕉風《しょうふう》に受けて別に一風格を成す。長じて空坪《くうへい》と号し、ひたすら山水を慕ひて復《また》、家を嗣《つ》ぐの志無し。然《しか》れども年長ずるに随《したが》ひ他に男子無きの故を以て妻帯を強ひらるゝ事一次ならず、学業未到の故を以て固辞すと雖《いえども》、間《かん》葛藤を避くるに遑《いとま》あらず。遂《つい》に、父坪右衛門の請《こい》により隠元老師の諭示を受くるに到るや、心機一転する処あり、
「二十五の今日まで聞かず不如帰《ほととぎす》」
といふ一句を吾家の門扉に付して家を
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