ろが昨日《きのう》の演説会での若旦那様のお役目というのはホンのチョットで、どんなに遅うなっても二時までには間違わずに帰ると云いおいて行かれたので御座いますが、とやかく致しておりますうちに三時が過ぎましても、お帰りの姿が見えませぬ。若旦那はこのような事は決して御間違いにならぬ性分で御座いましたので、私は年寄役に、チョットこの事を不審を打ちますと皆の者は「おおかた演説の初まりが遅うなったとじゃろう」なんぞと申しまして格別気にかけませなんだ。しかし今までにこのような事は一度も無いので、折柄が折柄では御座いますし、私も心配せぬでは御座いませんでしたが、ツイ忙《せわ》しいのに紛《まぎ》れておりますと、そのうちに日和癖《ひよりぐせ》で、空が一面に曇って参りまして、長い春の日が俄《にわ》かに夕方のように暗くなりました。すると、それで気がついたものと見えまして、明日《あす》からは母親のお八代さんが、濡れ手を拭き拭き私を物蔭に呼びまして「二十歳《はたち》にもなっとるけん間違いはなかろうが、まだ帰らぬ模様《ごと》ある故《けん》、そこいらまで見に行ってくれまいか」という頼みで御座います。私もちょうどそう思う
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