く》なき貧家の不幸事、もしくは屍体一個、側近者一個を題材として伝えられおるを見ても、その妖異の主人公が屍体そのもの、もしくは他の獣鬼等に非《あら》ず、傍《かたわら》に眠りおりたる者の夢中遊行に依るものなる事を察するに足るべく、現今、行われおる多人数の通夜の習慣は、この種の妖異の防遏《ぼうあつ》に最も有効なる事が古来|幾多《いくた》の人々の経験に依って知、不知の間に確認せられおりし事を今日に立証しおるものと見るを得べし。又、死者の枕頭《ちんとう》に刃物を置く習慣は、その刃物の光鋩《こうぼう》、もしくは、その形状の凄味《すごみ》より来る視覚上の刺戟暗示を以て、この種の夢遊病者の幻覚を破るに有効なるものありしより起りし習慣に非ざるなき乎《か》。いずれにしても斯《かく》の如く観察し来る時は、この屍体飜弄なる夢遊状態の存在は疑う余地なきところにして、特に通夜の習慣及び火葬の流行以前には、屍体の側近者によりてかなり多数にこの種の夢遊状態が実現されおりし事は自明の理なるべし。
 次に如上の研究考察をこの事件と照合するに、当夜に於ける呉一郎の女性絞殺行為後の夢中遊行症は殆ど右と同様のものなるべけれども
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