識には、殆ど何等の記憶の痕跡を留めず、この点を混同して、一切の判断力を要する行動を、有我的意識(脳髄の覚醒時に於ける意識作用)に依ってのみ行われ得るものと妄信せられたるがために、前記の如く、仮想の犯人を拈出《せんしゅつ》するが如き、推断上の錯誤を生じたるものにして、現代に於ける科学知識の発達程度に於ては、誠に止むを得ざるに出でたる帰結と云うを得べし。
 因《ちな》みに、この事件に依って研究さるべき呉一郎の夢中遊行状態中、第二回の発作(後段参照)に依て演出さるべき、この事件の眼目たる心理遺伝の内容と直接の連絡関係を有せる発作は、この……絞首[#「絞首」に傍点]……の一事のみにして、爾後《じご》の夢中遊行は寧ろ脱線的のものと云うを得べし。然れども、その爾後の脱線的夢中遊行なるものの正体は、実に学界の珍とも称すべきものにして、精神科学上の研究価値甚だ高く、且つ此《かく》の如く親近なる参考事例を他に発見し得ざるを以て、聊《いささ》か脱線を共にするの嫌《きらい》あれども特にここに記述し、併せてこの事件の真相が、呉一郎の夢中遊行発作によって一貫せられおる事実を、徹底的に明白ならしめんと欲する所以《
前へ 次へ
全939ページ中514ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング