検する時は、その間《かん》に数分、甚だしきに到っては一二時間の睡眠を経過せる事を発見する例、些《すく》なからず。その最極端なる一例は、所謂《いわゆる》、朝寝坊が起さるる時にして、数回に亘る呼び声に応答しつつ、又も熟睡に陥り、日|三竿《さんかん》に及びて蹶起《けっき》して、今日は唯一回の呼声にて覚醒したりなぞ主張する事珍らしからざるは、世人の周知せる事例なり。睡眠中に感じたる音響と、これに依って刺戟されたる覚醒との間に於ける、経過時間に対する錯誤の如何に甚だしきかは、この一事を以てしても充分に立証し得べし。況《いわ》んや、夢中に於て、明かに物音を知覚して覚醒したるにも拘らず、その後の冷静なる検査に依りて何事もなかりしを知る場合極めて多きに於てをや。これに依ってこれを観《み》れば、支棒《つっかいぼう》の落ちたる音と、呉一郎の覚醒との間に必然的の因果関係を認むるは、正確なる推理の進行上|頗《すこぶ》る危険なる所業にして、寧《むし》ろ、右二ツの現象を全然無関係のものとして、この事件を観察する方、自然に近きものと言うを得べし。況《いわ》んや更に、これを呉一郎の覚醒後の異常なる気持ちと直接に結び付
前へ 次へ
全939ページ中508ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング