前の日露戦争頃の事で、私が三十代の時ですから、詳しい事は判りませんねえ。エエ、通っていた事はたしかですよ。その頃が十七か八位でしたろうかねえ。ちょっと眼立たぬ風をしておられましたが、小柄なキリリとした別嬪《べっぴん》さんで、名前は虹野《にじの》ミギワさんと云いました。イイエ、間違いはありません。珍しい名前ですからよく憶えております。又今お話しになりました「縫い潰し」なぞいう刺繍のできる人は虹野さんより外に見た事がありません。
 ――虹野さんの作品は私の処には一つも残っておりません。その頃はまだ、そんな贅沢なものの値打ちが判りませんでしたので手間損だったのです。たった一度、二月《ふたつき》ばかりかかってこしらえた五寸四方ばかりの小袱紗《こぶくさ》を、私の塾の展覧会に出した事がありましたが二十円という値段付けだったので売れ残ってしまいました。今あったら大変なものでしょう。私も習っておけば良かったと思います。虹野さんはそんな風に技術《しごと》が良かった上に、小野|鵞堂《がどう》さんの字をお手本よりもズッと綺麗に書きましたので、私の弟子の刺繍に使う字をよく書いてもらいました。絵も却々《なかなか
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