て絵と刺繍《ぬいとり》の稽古をして、生涯独身で暮すから構わないでくれ」という置手紙をして家を出ました。それが明治四十年の新の正月頃の事で御座いましたが、その後、福岡で妹を見かけたという人もありましたけれどもハッキリした事はわかりません。やはり全く絵と刺繍《ししゅう》が好きなためで御座いましたろうと思います。一郎が申しますように、人並はずれて勝気な娘で、十七年の年に県立の女学校を一番で出た位で御座いますが、何か始めますと夢中になる性質《たち》で、夜通し寝ないで小説を読んだり、絵を描《か》いたりする事がよく御座いました。ことに刺繍《ぬいとり》は小学校にいました時から好きで、夕方暗くなりましても縁側に出て、図画用紙にお寺の襖《ふすま》の絵を写して来たのを木綿の糸屑で縫っている位で御座いましたから、私が夫を迎えたのを見澄《みすま》してその方の稽古を念《ねん》がけて行ったものと存じます。今から思いますとその時が今生《こんじょう》のお別れで御座いました。もっとも、田圃《たんぼ》や畑の荒仕事を嫌いますので、よく留守番をさせましたが、私の家は門の処から町並では御座いますし、出入りもかなりに多い方で御座
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