い西洋音楽のレコードを聴いたりしますと、名画を見ているような気持になります。民謡なぞも母が機嫌がいいと、よく塾生と一緒に謡《うた》いましたから、好《い》いなあと思って聞いていました(赤面)。
 ――僕は今迄に病気した事は一度もありません。母も寝たことはないようです。
 ――僕はこれから、警察へ訪ねて来て下すった鴨打先生の処へお礼に行きます。

◆第二参考[#「第二参考」は太字] 呉一郎伯母八代子の談話
 ▼同所同時刻に於て、呉一郎が外出後――

 ――まったく何もかも夢のようで御座います。一郎《あれ》は私の妹の子に相違《ちがい》御座いません。眼鼻立ちが母親に生きうつしで、声までが私共の父親にそっくりで御座います。
 ――ずっと古い昔の事は存じませぬが、私の家は代々|姪《めい》の浜《はま》で農業を致しておりました。私共|姉妹《きょうだい》は母に早く別れましたが、父も私が十九の年の正月に亡くなりましたので、家の血統《ちすじ》は私と、この妹(位牌《いはい》をかえり見て)の千世子と二人切りになってしまいました。それで、その年の暮に私は、亡くなりました夫の源吉を迎えますと間もなく妹は「東京へ行っ
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