いつでも二階だの、土蔵《くら》の中だの、離座敷《はなれ》みたような処だのを二人で間借りをして、そこで母はいろんな刺繍をした細工物を作るのでしたが、それが幾つか出来上りますと、僕を背負《おぶ》って、日本橋伝馬町の近江屋《おうみや》という家《うち》に持って行きました。そうするとその家の綺麗にお化粧をしたお神《かみ》さんが、キット僕にお菓子を呉《く》れました。今でもその家と、お神さんの顔をおぼえております。
――母がその時に作っていた細工物の種類ですか? サアそれはハッキリおぼえませんけども、神様の垂れ幕だの、半襟だの、袱紗《ふくさ》だの、着物の裾模様だの、羽織の縫紋《ぬいもん》だのいろんなものがあったように思います。それをどんなにして縫っていましたか……どれ位のお金で売れていたか、その時はまだチッチャかったものですから、一つもわかりませんでしたけれども……たった一つ、今でもハッキリ記憶《おぼ》えておりますのは、東京から直方《こちら》へ来る時に、母が近江屋のお神さんに遣りました小さな袱紗の模様です。それは薄い薄い、向うが透かして見えるような絹一面に、いろんな色と形の菊の花を刺繍した、とても
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