ン》はどこだったの」と尋ねましたら母は又、涙を流しまして「そんな事を聞いたって何にもならない。お母さんは、あの時までに三度も、あそこへ行ったんだけど、今ではスッカリ諦めているから、お前も諦めておしまい。お前が大学を出る時まで、お母さんが無事に生きていたら、お前のお父さんの事を、みんな話してあげる」と云いましたから、それっきり尋ねませんでした。もうその時に見た山の形や町の様子なぞもボンヤリしてしまって、只、ガタ馬車の喇叭の音《ね》が耳に残っている切りです。しかし、それから後《のち》、いろんな地図を買って来まして、あの時に乗った汽車や、馬車の走った時間の長さを計ったりして調べて見ますと、どうしても千葉県か、栃木県の山の中に違いないと思うんです。エエ。線路の近くに海は見えなかったようです。けども汽車の窓の反対側ばかり見ていたかも知れませんから、ホントの事はわかりません。
 ――東京で住んでいた処ですか。それは方々に居りましたようです。僕が記憶《おぼ》えているだけでも駒沢や、金杉や、小梅、三本木という順に引越して行きまして、一番おしまいに居た麻布の笄町《こうがいちょう》からこっちへ来たのです。
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