ので、誰一人として怪しむ者はありませぬ。況《ま》して堂々たる大学の医学部長が、自分の責任管理に属する屍体をコッソリ盗んで行く……という前代未聞の怪事実を吠え立てていようなぞと、誰が思い及びましょう。九州帝国大学構内を包む春の夜の闇は、すさまじい動物どもの絶叫、悲鳴の裡《うち》に、いよいよ闃寂《げきじゃく》として更《ふ》け渡って行くばかりで御座います。
やがてその声が次第に遠ざかって、ピッタリと静まったと思う間もなく、又もパッパッと四個の二百燭光の電燈が点《つ》きますと、場面は以前の法医学の解剖台の処に立ち帰ります。
みると四百十四号の少女の強直屍体は、もうコンクリートの床の上に横たわっておりますが、一方に入口の扉を以前《もと》の通りに厳重に鎖《とざ》し終った若林博士は、解剖台の前に突立ったまま、黒い覆面の上から汗を押え押え息を切らしております。
大正十五年四月二十七日夜の、九大法医学部、解剖室には、かくして二個の少女の肉体が並べられた事になります。美しく蘇《よみがえ》りかけている少女と、醜くく強直している少女と……中にも解剖台上に紅友禅《べにゆうぜん》を引きはえました少女の肉体
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