同博士が棺の蓋を閉じた音に違い御座いませんので、ステトスコープもその時に、着物の下へ置き忘れて来たものと考えられるからであります。……が、それと同時に、極めて些細な事ではありますけれども、斯様な大切な商売道具を置き忘れるという事は、平生の同博士の極度に冷静周密な性格から推して考えますと、真に意外と思われる出来事で、今夜の若林博士は、確かに平常と違った心理状態にある。少くとも同博士が如何に夢中になって、この少女をこの世に呼び活《い》かすべく闇黒の中で苦心、熱中していたかという事は、この一事を以てしても、十二分に察せられる訳では御座いますまいか。
 しかし若林博士の手腕が、如何に卓抜恐るべきものがあるかという事は、まだまだこれから追々《おいおい》とお解りになりますので、今迄のところはホンの皮切《かわきり》に過ぎないので御座います。
 若林博士は、解剖台上の少女が、その仮死状態から時々刻々に眼醒つつある事を知りますと、御覧の通り極めて緊張した態度で、左右の手袋を脱ぎました。解剖着の下にまん丸く膨れております洋袴《ズボン》のポケットにその手を突込んで、色々な品物を取出しながら、一つ一つ傍《かた
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