いう、世にも名誉ある鉢巻で御座いました。
 ところが、それから物変り星移りまして、その鉢巻儀右衛門から五代目に当るこの儀作爺さんになりますと、その名誉ある鉢巻も左利きも、それから惜しい事にその大身代も、どこかへなくしてしまいまして、博多名物の筆屋の職人に成り下りました。そうして斯様に老年に及びまして、眼が霞んで細かい筆毛が扱えないようになりましたために、余儀なく失職する事に相成りますと、それを苦に致しました結果、精神に異状を来しまして、一週間ばかり前に、当大学に連れ込まれるという、憐れな身の上と相成ったので御座います。
 ところが不思議で御座います。正木先生がこの爺さんの発狂の動機、すなわち心理遺伝の内容を探るべく、解放治療場に解放されましてから間もなくの事で御座いました。場内の片隅に、小使が蛇を殺したまま置き忘れて行った鍬を見付けますと、早速先祖の真似を初めました。もっとも鉢巻は致しませぬが、御覧の通り最前から一度も汗を拭いませぬ。又、鍬を持っている手附きも、発狂前と正反対の左利きになっておりまして、十二時の午砲《ドン》を聞きますと同時に、鍬を投げ出して病室に帰って、サッサと食事を済
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