阿弥《もくあみ》のケロリン漢に立ち帰って、そんな素敵な記憶の数々を、ミジンも脳髄に残していないというような摩訶《まか》不思議をあらわす。そうして『脳髄は物を考える処』とか『感ずる処』とか『記憶する処』とかいう迷信を迷信しているその方面の専門家連中の脳髄の判断力を一つ残さず、絶対、永久のフン詰まり状態にフン詰まらせている。
「トテモ人間の脳髄では考えられない」
 なぞと悲鳴を揚《あ》げさせているからモノスゴイではないか。
 ヤリキレナイ脳髄の恐怖劇ではないか。

 しかも唯物宗の牧師、科学万能教の宣教師をもって自ら任じている科学者のすべては、それでもまだ懲《こ》りないで、脳髄の絶対礼讃を高唱している。
「脳髄の大きさはその持ち主の進化程度をあらわし、その渦紋の多寡《たか》はその文化程度を示している。すなわち人類は、その大きな、発達した脳髄のために存在しているので、その脳髄は又、物を考えるために存在しているのだ。だから脳髄は文化の神、科学世界の造物主、唯物宗の守り本尊である」
 とか何とかいう迷説を聖書以上に尊重して、一所懸命に自己の脳髄の権威を擁護しているが、しかも、そんな科学者たちの顕
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