事として誰も怪しまなくなってしまっている。
これが脳髄の悲喜劇でなくて何であろう。
脳髄に飜弄されつつある脳髄たちの大ノンセンス劇でなくて何であろう。
モット手近い、痛切なところでは俗に所謂《いわゆる》『泣き中気《ちゅうき》』とか『笑い中気』とかいうのがある。これは腹が立とうが、ビックリしようが、何でもカンでも感情が動きさえすればおなじ事……泣くか、笑うかの一本槍で、ほかの感情の一切を外へあらわし得ない病気であるが、この病気の説明を脳髄はヤハリ『脳髄が物を考える』式で押し通して行くべく、全世界の科学者に厳命している。だからこの厳命を奉戴した世界中の科学者たちは、こうした中風の症状を「これは脳髄の全体が、出血のために痺《しび》れてしまっているのだ。そうしてその中で『泣く』とか『笑う』とかいうタッタ一つの感情を動かす部分だけが生き残って活動しているのだ。だからその人間に起るすべての感情はその『泣く』か『笑う』かの一箇所の神経細胞の活動によって、表現されるよりほかに行き道がなくなっているのだ。……脳髄は物を考える処……という前提を前提とする以上、ドウしてもそれ以外に説明の仕様がないの
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