ょうど丸一年目の日附ですね」
 私がこう云って振り返った……その瞬間に変化した若林博士の表情の恐ろしかった事……それは、ほんの一瞬間ではあったが……大きな、白い唇をピッタリと閉じて、顋《あご》をグッと突き出すと同時に、青白い瞳を一パイに剥《む》き出して私を睨《にら》み付けた。しかも、それが余りに突然であったために、私も思わず若林博士と同じ表情になって、睨み合ったような気がしたのであったが、そのうちに若林博士は次第に落付いて来たらしく、今度は如何にも満足に堪《た》えないという風に額《ひたい》を輝やかして、幾度も幾度もうなずいた。
「……よくあれにお気が付かれましたね。あなたの過去の御記憶は、いよいよ鋭く眼ざめて参ります。もはや皮一重というところまで御回復になっておりますようで……。実は只今の御質問が出ると同時に、今度こそ貴方の過去の御記憶が、一時に目醒めて来はしまいか……そうしたらドンナ風に御介抱申上げようかと、ちょっと心配致しました次第で……。何をお隠し申しましょう。あのカレンダーは、今から約一箇月前の日附を示しているので御座います。今日は大正十五年の十一月二十日ですから……」
「それ
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