が……どうして、そのまんまになっているのですか」
若林博士はこの時に、又も荘重にうなずいた。最前、六号室の少女の前で示した、神に祈るような態度で、屈《かが》んだ胸をグッと伸ばしつつ、両手をシッカリと握り合わした。
「その御不審が又、あなたの過去に関する大きな謎を解く鍵の一つとなっているので御座います。つまり正木先生は、あのカレンダーをあそこまで破って来られますと、あとを破ることを止められたのです」
「……そ……それは又なぜ……」
「正木先生は、あの翌日亡くなられたのです……しかも、ちょうど一年前に、斎藤先生が溺死を遂げられた、筥崎水族館裏の同じ処で、投身自殺をされたのです」
……青天の霹靂《へきれき》……とでも形容しようか。何とも云いようのない奇妙な驚きに打たれた私は、この時、何かしら一種の叫び声をあげたように思う。そうして、やっと気を落付けた時には、譫言《うわごと》のように口を動かしていたように思う。
「……正木先生が……自殺……」
その声が自分の耳に這入ると私は又、自分の耳を疑った。正木先生のような偉大な、達人ともいうべき人が自殺する……そんな事が果して在り得ようか。
それ
前へ
次へ
全939ページ中171ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング