」
と私は空虚《うつろ》な声を出した。話の模様があんまり唐突《とっぴ》に変化したのに面喰いながら若林博士の蒼白い顔と、額縁の中の斎藤博士の微笑とを交《かわ》る交る見比べた。そんなにまで人格の高い立派な人が、何で変死なんかしたんだろうと疑いながら……。
しかし若林博士は、そうした私の疑いを押し付けるかのように静かに私の顔を見据えた。又もすこしばかり語気を強めた。
「……そうです。斎藤先生は変死をされたのです。斎藤先生は昨、大正十四年の十月十八日……すなわち変死される前の日の午後五時頃に、平生《いつも》の通り仕事を片附けて、医局の連中に二三の用務を頼んで、この部屋を出られたのですが、それっきり筥崎《はこざき》、網屋町《あみやちょう》の自宅には帰られませんでした。そうしてその翌《あく》る朝早く、筥崎水族館裏手の海岸に溺死体となって浮き上っておられたのです。発見者は水族館の掃除女でしたが、急報によって警察当局や、私共が駈け付けまして調査致しました結果、多量に飲酒しておられた事が判明致しましたので、多分、自宅へお帰りになる途中で、誰か極めて懇意な人に出会って、久方振りに脱線された結果、帰り道
前へ
次へ
全939ページ中162ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング