談として伝えられております。尤《もっと》もこの事は、誰かの口から洩れたと見えまして、新聞に掲載されたそうですが……私はツイ、うっかりしてその記事を見ませんでしたけれども……」
 若林博士はここまで物語って来ると、その時の思い出に打たれたらしく、いかにも感動したようにヒッソリと眼を閉じた。私も敬慕の念に満たされつつ斎藤博士の肖像を仰いだが、そう思って見たせいか、神様のような気高い姿に見えたので、思わず軽いため息をさせられながらつぶやいた。
「それじゃこの斎藤先生は、正木先生に後を譲るために、お亡くなりになったようなものですね」
 若林博士は、こういった私の質問が耳に這入ると一層深く感動したらしく、眼を閉じたままの眉の間の皺《しわ》が一層深くなった。そうして今にも咳が飛出しそうな長い、太い溜息を吐《つ》いたが、やがて静かに眼を開くと、その青白い視線を、私の視線と意味あり気に合わせつつ、すこしばかり語気を強めた。
「その通りです。あの斎藤先生は、正木先生が学位を受けられてから間もない、昨年……大正十四年の十月十九日に、突然に亡くなられたのです。しかも変死をされたのです」
「……エ……変死……
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