ので……その中でも特に私の記憶に残っておりますのはかような言葉で御座いました。
「……ソ――ラ、又、先生一流の愚痴の紋切型が初まった。安月給取りの蓄音器じゃあるまいし、もうソロソロ蝋管《ろうかん》を取り換えちゃどうです。今の人間は、みんな西洋崇拝で、一人残らず唯物科学の中毒に罹《かか》っているのですから、先生の愚痴を注射した位ではナカナカ癒りませんよ。……まあまあ、そんなにヤキモキなさらずに、今から二十年ほど待っていらっしゃい。二十年経つ中《うち》には、もしかするとこの日本に一人のスバラシイ精神病患者が現われるかも知れないのです。……そうするとその患者は、自分の発病の原因と、その精神異常が回復して来た経過とを、自分自身に詳細に記録、発表して全世界の学者を驚倒させると同時に、今日まで人類が総がかりで作り上げて来た宗教、道徳、芸術、法律、科学なぞいうものは勿論のこと、自然主義、虚無主義、無政府主義、その他のアラユル唯物的な文化思想を粉微塵《こなみじん》に踏み潰して、その代りに人間の魂をドン底まで赤裸々に解放した、痛快この上なしの精神文化をこの地上にタタキ出すべく、そのキチガイが騒ぎ初めるの
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