なるかすると、それっきり忘れたように学術の研究をやめてしまう事である。これは日本の学界の一大弊害と思う」
と喝破された時には、満堂の学生教授の顔色が一変してしまったものでした。ところが、その中にタッタ一人斎藤先生が、自席から立上って熱狂的な拍手を送って、ブラボーを叫ばれました姿を、只今でも私はハッキリと印象しておりますので、この一事だけでもその性格の一端を窺《うかが》うのに十分で御座いましょう。
……しかし先生が当大学に奉職をされました当初の中《うち》は、まだ、九大に精神病科なぞいう分科もありませず、斎藤先生は学内で、唯一人の精神病の専攻家として、助教授格で、僅かな講座を受持っておられました位のことでしたので、この点に就いては大分、御不平らしく見えておりました。いつもお気に入りの正木先生と、その頃から御指導を仰いでおりました私との二人を捉《つか》まえては、現代の唯物科学万能主義を罵倒したり、国体の将来を憂えたりしておられたものですが、そのような場合に私はどのような受け答えを致してよいのか解らなかったにも拘わらず、正木先生はいつも奇想天外式な逆襲をして、斎藤先生を閉口させておられたも
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