んでいるものに相違ないので御座いますから……」
こう云われると同時に私はハッと気が付いた。この部屋に這入って来た最初の目的を、いつの間にか忘れていた事を思い出したのであった。そうして、それと同時に何かしら軽い、けれども深い胸の動悸を、心の奥底に感じさせられたのであった。
けれども又、それと同時に、まだ何一つ思い出したような気がしない、自分の頭の中の状態を考えまわすと、何となく安心したような、又は失望したような気持になって、ほっと一つ肩をゆすり上げた。そうして心持ち俛首《うなだ》れながら若林博士の言葉に耳を傾けた。
「……あなたの中に潜伏しております過去の御記憶は、最前から、極めて微妙に眼醒めかけているように思われるのです。貴方が只今、あの、ドグラ・マグラの原稿からこの狂人|焚殺《ふんさつ》の絵を見ておいでになるうちに、眼ざめかけて来ました貴方御自身の潜在意識が、只今、貴方を導いて、この写真の前に連れて来たものとしか思われないのです。何故かと申しますと、彼《か》の狂人焚殺の名画と、この斎藤先生の御肖像をここに並べて掲げた人は、ほかでも御座いませぬ。あなたの精神意識の実験者、正木先生だ
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