ゆんべ遅くまで色んなものを喰べたんだもの……それよりも妾ホントウに淋しいのだよ。お前にこうして抱っこされていてもよ……綱渡りの途中で綱が切れちゃって、そのまんま宙に浮いているような気もちよ。ドッチへ行ったらいいのか解んなくなったような気もちよ。教えておくれよ。ハラム、どうしたらいいんだか……」
妾はそう云いながらハラムの頸《くび》をヤケにゆすぶった。逞ましい脂切《あぶらぎ》った筋肉に、爪を掘り立てるくらいキツクゆすぶった。けれどもハラムはビクともしなかった。軽々と妾を抱えたまま長椅子の前に突立って、妾の顔をマジリマジリと見詰めているきりだった。
「……ヨウ……ハラムったら、教えてよう。どうして妾こんなに淋しいんだか……。お前は妾の家来じゃないか。何でも妾の云い付け通りの事をしてくれなくちゃダメじゃないの……お前はいつも妾の云いつけ通りに……」
ハラムがやっと表情を動かした。妾の瞳の底の底をのぞき込むように、青黒い瞳を据えたまま……赤い大きな舌を出して、口のまわりの鬚《ひげ》をペロリと甞《な》めまわした。そうしてシンミリとした、落ち付いた声を出した。
「……わかりまして御座います……
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