つも[#「いつも」に傍点]の通り憂鬱なまじめな顔をしながら、黒い逞ましい両腕を悠々とまくり上げて、妾をヤンワリと抱き上げてくれた。そうして赤チャンを扱うように親切に身体《からだ》を流して、新しいタオルで包んでくれた。
「今朝《けさ》はたいそう、お早う御座います……お姫《ひい》様……」
 ハラムの日本語は、本物の日本人よりもズットお上品で、立派に聞えた。シンガポールの一流のホテルで日本人専門のボーイを志願して稽古したのだと云っていたが、発音がハッキリしている上に、セロみたいな深い響きをもっていた。
「……あたし……淋しいのよ……」
 妾は濡れたまんまの両腕をハラムの太い首に捲きつけた。その拍子にハラムの身体《からだ》に塗りつけた香油の匂いがムウウとした。
 ハラムはすこしビックリしたらしく、眼をまん丸にして、白眼をグルグルと動かしながら、高らかに笑いだした。
「ハッハッハッハッハッ。……おおかたお姫《ひい》様は……お腹がお空《す》きになったので御座いましょう」
 妾はイキナリ、その毛ムクジャラの胸に飛び付いて、甘たれるように首を振って見せた。
「イイエイイエ。あたしチットモひもじかない。
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