、その向うの白い浴槽《バス》がホノ暗くのぞいている。浴槽《バス》の向うには鏡の屏風《びょうぶ》が立っている。そんなものの隅々にピカピカチカチカ光っている金銀だの、瀬戸物だのの装飾が、一ツ一ツにブルドッグ・オヤジ……妾の旦那になっている赤岩権六の金ピカ趣味をサラケ出していた。見れば見るほど淋しい、つまんないものばかりだった。
そのブルドッグ・オヤジの赤岩権六は、ゆんべ夜中に急用が出来て、諏訪山裏の本宅の白髪婆《しらがばばあ》のところへ帰った。だから妾は今朝《けさ》、一人ぼっちで眼を醒したのだった。
だけど妾がコンナに淋しいのはブル・オヤジが居ないせいじゃなかった。ブル・オヤジが百人出て来たって、妾の気持ちを、とり直すことなんか出来やしなかった。今までだってそうだった。今もそうに違いなかった。
妾はタッタ一人でベッドの上に長くなったまんま、暗いところへグングン落ち込んで行くような気もちになっていた。
妾はいつの間にか枕元のベルを押したらしい。入口の横の垂れ幕を押し分けて、コックのハラムがノッソリと這入って来た。
ハラムは印度人の中《うち》でも図抜けの大男だった。背の高さが二|米突
前へ
次へ
全39ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング