横町になっていた。左手に胡粉絵《ごふんえ》みたいな諏訪山の公園が浮き出している。右手の港につながっている船の姿がまるで影絵のよう。その向うから冷たい太陽がのぼって、霜の真白な町々を桃色に照している。窓硝子が厚いから何の音もきこえない。
 そんなシンカンとした景色を見ているうちに、妾はヘンに淋しくなって来た。何故っていう事はないけれど……こんな事は今までに一度もなかった。
 妾は古代|更紗《さらさ》のカアテンを引いて、つめたい外の景色を隠した。思い切って寝返りをしてみた。
 妾の寝台は隅から隅まで印度《インド》風で凝《こ》り固まっていた。白いのは天井裏のパンカアと、海月《くらげ》色に光る切子《きりこ》硝子のシャンデリヤだけだった。そのほかは椅子でも、机でも、床でも、壁でも、みんなアクドイ印度風の刺繍《ししゅう》や、更紗《さらさ》模様で蔽いかくしてあった。その中でも隣りの室《へや》との仕切りの垂れ幕には、特別に大きい、黄金色《きんいろ》のさそり[#「さそり」に傍点]だの、燃え立つような甘草《かんぞう》の花だの、真青な人喰い鳥だのがノサバリまわっていた。
 その垂幕の間から、隣りの化粧部屋と
前へ 次へ
全39ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング