から、キット持って来るように……」
「ええ。そう云ったわ。タッタ今ハッキリと思い出したわ」
「その約束をキット守って下さるなら、このオモチャを……おいしい『ココナットの実』を貴女に一つ分けて上げます。どうぞ彼奴《あいつ》に喰べさしてやって下さい。あいつは財界のムッソリニです。彼奴《あいつ》はお金の力で今の政府を押え付けて、亜米利加《アメリカ》と戦争をさせようとしているんです。現在の財界の行き詰りを戦争で打ち破ろうと企んでいるのです。日本は紙と黄金の戦争では世界中のどこの国にも勝てない。下層民の血を流す鉄と血の戦争以外に日本民族の生きて行く途《みち》はない。不景気を救う道はないと高唱しているのです。彼奴《きゃつ》はこの世の悪魔です。吾々の共同の敵なのです……彼奴《あいつ》は……イヤあなたの旦那の事を悪るく云って済みませんが……」
「……いいわよ……わかってるわよ。そんな事どうでもいいじゃないの。もうジキ片付くんだから……」
「……大丈夫ですか……」
「大丈夫よ。訳はないわ。あのオヤジはここへ来るたんびにキット、この窓の真下の勝手口の処で立ち止まって汗を拭くんだから……そうして色男気取りで
前へ
次へ
全39ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング