台の向う側に妾の爪先とスレスレにかしこまったまま、それこそ狼《ウルフ》ソックリのアバラ骨を薄い皮膚の下で上げたり下げたりして、一生懸命に咳《せき》を押え押えしていた。
「エラチャンは肺病は怖くないかい」
「チットモ怖かないわ。肺病のバイキンならどこでもウヨウヨしている。けれども達者な者には伝染しないって本に書いてあるじゃないの。妾その本を読んだから、あんたが無性に好きになったのよ。あんたが肺病でなけあ、妾こんなに可愛がりやしないわ。妾はあんたが呉れた赤い表紙の本を読んでいるうちに、あんた以上の共産主義になっちゃったのよ。……あんたが妾にサクシュされて、どんな風にガラン胴になって、ドンナ風に血を吐いて死んで行くか、見たくって見たくってたまんなくなったのよ。だからこんなに一生懸命になって可愛がって上げるのよ」
 妾がこう云って笑った時の狼《ウルフ》の顔ったらなかった。蒼白く並んだ肋骨《ろっこつ》を、鬼火のように波打たして、おびえ切ったウツロ眼《め》から泪《なみだ》をポトリポトリと落しはじめた。泣くような……笑うような皺《しわ》を顔中に引き釣らして泪の流れを歪《ゆが》みうねらせた。……と思う
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