た。ウルフはただ小器用なのと、感激性が強くて無鉄砲なだけが取《と》り柄《え》の人間らしかった。
「……だから僕は一文も無いのだ。おまけに親ゆずりの肺病だから、生命《いのち》だってもうイクラもないようなもんだ。その上にあんたから毎日こうして虐待されるんだからね」
 ウルフはいつも詩人らしい口調でそう云っては、黒ずんだ歯を見せて薄笑いをした。きょうも散々《さんざん》パラ遊んだあげくに、もとの寝台にかえってさし向いになると、又おんなじ事を云ったから、妾は思い切って冷かしてやった。
「又はじまったのね。あんたのおきまりよ。ナマイダナマイダナマイダって」
 ウルフは慌てて手を振った。妾の言葉を打ち消しながら、やはり薄笑いをつづけた。
「……そ……そうじゃないよ。エラチャン。そうじゃないったら。だから……僕はだから、生命《いのち》のあるうちに、何か一つスバラシイ、思い切った事をやっつけなくっちゃ……」
「……また……生命《いのち》生命《いのち》って……そんなに生命《いのち》の事が気になるのだったら、サッサとお帰んなさいよ」
 妾から、こう云われると、ウルフは急にだまり込んで、うなだれてしまった。寝
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